夜市の路上じゃない、整った魯肉飯——1960 年からの老舗チェーン「鬍鬚張」
夕方の台北の街角で、サラリーマンがビニール袋を提げて足早に帰っていく姿をよく見ます。袋の中身は、たいてい弁当。その弁当が「鬍鬚張」のオレンジ色の袋だったら、ああ、あの人は今日はちゃんと帰って食べるんだな、と勝手に想像します。
「鬍鬚張(フーシューチャン)」——日本語だと「ヒゲ張」みたいな意味です。1960 年、雙連市場の対面で路上の屋台として始まって、いまや全台 70 店舗以上の魯肉飯チェーン。在地の人にとっては「実家の冷蔵庫」みたいな、当たり前にそこにある店です。
路上から、チェーンへ
日本人の方にとって、台湾の魯肉飯(ルーローハン)は、夜市の屋台か、地元のおじさんがカウンターでよそってくれる小さい店——というイメージが強いと思います。
それは間違いではないし、私もそういうお店は大好きです。ただ、台湾にはもう一つのレイヤーがあって、それを担っているのが鬍鬚張です。
1960 年、創業者の張炎泉(チャン・イェンチュエン)さんが、台北の民生西路で屋台を始めました。当時は店名もなかったのですが、忙しすぎてヒゲを整える時間もない店主を、常連が「鬍鬚張=ヒゲの張さん」と呼ぶようになり、それが店名になりました。
1971 年に寧夏路の現在地に移って、そこから 60 年以上。台湾の経済成長と一緒に、屋台 → 店舗 → チェーンと姿を変えてきました。現在は台北・新北を中心に全台で 70 店舗超、そして後で書きますが、日本の石川県にも 1 店舗あります。
看板の魯肉飯
鬍鬚張のメインは、もちろん魯肉飯。
公式表記は「魯肉飯」です(「滷肉飯」と書く店も多いですが、鬍鬚張は「魯」を使います)。要するに同じものなので、メニューでどちらの字を見ても気にしないで大丈夫です。
使う肉は、「禁臠肉(きんれんにく)」と呼ばれる部位。1 頭の豚から約 0.6 kg しか取れない、肩に近い柔らかい部分です。これを刻んで、特製の醬油ベースのタレで6 時間以上煮込みます。長時間煮ることでコラーゲンが溶けて、口の中でとろけるような食感になる——というのが鬍鬚張のロジックです。
お米にもこだわっていて、100% 台湾米。台湾の在来種のお米は、日本のコシヒカリよりも少しあっさりして粒が立っているタイプで、こってりした魯肉のタレをよく吸います。
食べ方は、混ぜずに上からスプーンですくうのが在地流。最初の一口だけ、肉とご飯の境目をすくって食べてみてください。タレの濃さと、ご飯の甘さのバランスがちょうどそこにあります。
ちなみに鬍鬚張の魯肉飯には、奈良漬(だいこんの粕漬け)が小さく添えられて出てきます。これも台湾の魯肉飯の伝統的な脇役で、甘いタレの後の口直しになります。
もうひとつの主役、燙青菜(タンチンツァイ)
ここで在地の話を一つ。
台湾人が魯肉飯を頼むと、ほぼ必ず一緒に頼むのが「燙青菜」です。日本のガイドブックではあまり目立たないのですが、これがないと台湾の食卓は完成しません。
「燙」は「湯通しする」という意味。茹でた青菜(葉物野菜)の上に、特製のタレを少しかけただけの、シンプルな一品です。
野菜の種類は季節で変わって、A 菜(萵苣の一種で、台湾でいちばん一般的な葉物)、空心菜、地瓜葉(さつまいもの葉)など。鬍鬚張は水耕栽培の A 菜を主に使っていて、ぬるくなる前にさっと茹でて出してくれます。タレは醬油ベースで、ニンニクや揚げネギの香りが効いています。
「魯肉飯と燙青菜」の組み合わせがなぜ定番なのかというと、魯肉飯はそれ単体だと油っぽくて重いから。燙青菜の苦味と青臭さが、口の中をリセットしてくれて、また魯肉飯に戻れる。台湾の家庭でも、お母さんが魯肉飯を作るときは必ず青菜を茹でます。
日本の方が鬍鬚張で魯肉飯だけ頼んで帰っていくのを見ると、私は心の中で「あ、青菜も頼んだほうがいいですよ」と毎回思います。ぜひ一緒に頼んでみてください——というのが、このノートで一番伝えたいことかもしれません。
「漲價が上ニュースになる」店
ここから少し台湾の在地ネタです。
鬍鬚張は、台湾人にとってちょっと特殊な位置にある店です。「漲價(値上げ)したらニュースになる」——そういう店です。
普通の魯肉飯屋さんが 5 元値上げしてもニュースにはなりません。でも鬍鬚張が値上げすると、テレビのニュースや新聞の経済面に取り上げられます。なぜかというと、鬍鬚張の価格が「台湾の物価の指標」のように見られているから。日本で言うと、立ち食いそばの「富士そば」が値上げしたらニュースになる、みたいな感覚に近いかもしれません。
そういう立ち位置なので、鬍鬚張は値上げに非常に慎重で、品質管理にも力を入れています。瘦肉精(成長促進剤の一種、ラクトパミン)を使った肉は絶対に使わない、と公式が明言していて、豚肉のトレーサビリティも開示しています。
夜市の屋台と比べると少し高く感じるかもしれませんが、それは「整っていることへの料金」だと思ってもらえれば。観光で来た方に「ちゃんとした魯肉飯を一度食べてほしい」と思ったら、私はまず鬍鬚張を勧めます。
日本でも食べられます——石川県・金沢工大前店
最後に、日本人の方には嬉しいかもしれない情報を。
鬍鬚張は、日本では石川県の「金沢工大前店」で食べることができます。金沢工業大学の近くにあって、北陸方面の学生さんには意外と知られた存在のはず。
なぜ東京でも大阪でもなく石川県なのか——詳しい経緯は私もわからないのですが、台湾の老舗チェーンが日本でいちばん早く根づいたのが北陸、というのはちょっと面白い話だなと思っています。北陸方面に行く機会がある方は、ぜひ。同じレシピで、同じ味付けで、日本の米で出してくれます。
📍 店舗情報
鬍鬚張は台北・新北(雙北)を中心に全台 70 店舗以上。主要 MRT 駅の近くにはたいてい 1 店舗ある感覚です。観光で立ち寄りやすい主な店舗:
🇹🇼 台湾(雙北エリア)
- 寧夏夜市・美食文化館(旗艦店):MRT 雙連駅徒歩 10 分、台北市大同區寧夏路 54 號。創業者の写真や歴史展示があるので、観光で来る方は最初にここを
- 東門店:MRT 東門駅近く、永康街エリア
- その他:MRT 主要駅近辺に多数
🇯🇵 日本(石川県)
- 金沢工大前店(金沢工業大学の近く)
最新の店舗一覧・営業時間・メニューは、公式門市情報ページでご確認ください。
このノートで触れないこと
- 夜市の路上の屋台との比較:どちらが「本物」かという話ではなく、両方とも台湾の魯肉飯文化です。鬍鬚張は「整った」レイヤー、夜市の屋台は「ローカル」なレイヤー。両方食べてみてください
- どの店舗がいちばん:基本的にチェーンなのでどの店舗も味は揃っています。観光で雰囲気を味わいたいなら寧夏夜市の旗艦店、純粋に食べたいだけなら近くの店舗で十分です
おわりに
「夜市の路上じゃない、整った魯肉飯」——これが鬍鬚張の立ち位置です。
台湾で 60 年以上、毎日たくさんの人のごはんを支えてきた店が、いまは日本の北陸でも同じ魯肉飯を出している。そう考えると、ちょっと不思議な縁を感じます。
次に台北に来たら、夜市の屋台と、鬍鬚張と、両方食べてみてください。そして必ず、燙青菜も一緒に。
ゆきひめ(台湾在住・グルメ手帖)