肉より、鴨血と豆腐——「鼎王麻辣鍋」の在地の流儀
日本の方を台湾に案内するとき、私が「麻辣鍋」を勧めると、十中八九「辛いの、ちょっと…」という顔をされます。
わかります。台湾の麻辣鍋は、見た目が真っ赤で、唐辛子と花椒が大量に浮いていて、初めての人にはかなり手強い見た目です。でも、その印象だけで避けてしまうのは本当にもったいない——というのが、このノートで言いたいことです。
特に「鼎王(ティンワン/てい・おう)」のような大手チェーンは、辛さの調整も逃げ道もちゃんと用意されているので、麻辣鍋初挑戦の人にこそ向いています。そして、もう一つ——在地の人だけが知っている、お得な裏技があるんです。
鼎王とは
「鼎王麻辣鍋」は、1993 年に台中で生まれた台湾の火鍋チェーン。英語名は Tripod King。
スープのベースは、数十種類の漢方薬材と野菜・果物、そして豚骨を長時間煮込んだもの。「麻而不燥(しびれるけれど焦げ付かない)、辣中帶果香(辛さの中に果物の甘い香りがする)」——というのが鼎王のうたい文句で、これは飲んでみると本当にそう感じます。ただ赤くて辛いだけのスープとは、まったく別物です。
韓国スターが台湾に来ると必ず食べに行く店、として知られていて、店内には実際にサインや写真がたくさん飾ってあります。台北・新北・桃園・新竹・台中、各地に店舗があるので、旅行のどのタイミングでも組み込みやすいのも利点。
麻辣鍋が苦手な人へ、二つの逃げ道
まず、麻辣鍋が不安な日本の方のために、安心材料を二つ。
逃げ道その 1:辣度(辛さ)が選べる
注文時に「小辣(少し辛い)」「中辣」「大辣」と辣度を指定できます。小辣は本当に小辣で、日本のラーメンの辛口くらい——あるいはそれよりも穏やかです。
逃げ道その 2:鴛鴦鍋(おしどり鍋)にできる
鍋を真ん中で仕切って、片方を麻辣鍋、もう片方を酸菜白肉鍋(さんさい・はくにくなべ)にできます。酸菜白肉鍋は、東北地方発祥の、天然発酵させた酸っぱい白菜のスープで、辛さゼロ。むしろ酸味でさっぱりするタイプ。
私の経験上、日本の方には鴛鴦鍋+小辣の組み合わせが、いちばんスムーズに楽しんでもらえます。辛いほうにギブアップしたら、酸菜白肉のほうに肉を移して食べればいいので。
在地の裏技——鴨血と豆腐は無限おかわり
ここからが本題です。
鼎王の麻辣鍋には、最初から鴨血(あひるの血の固まり)と豆腐が入っています。そして、これが無料で何度でもおかわりできる——これが鼎王の在地的なお約束です。
鴨血と聞くと日本の方は「えっ」となるのですが、見た目はゼリー状で、味は淡白、食感はプリンと茶碗蒸しの中間くらい。麻辣のスープを吸って真っ赤になっているので、口に入れるとスープの旨味と辛さ・しびれが一気に広がる——麻辣鍋を食べる本当の理由は、この鴨血だと言ってもいいくらいです。
豆腐は、いわゆる「臭豆腐(しゅうどうふ)」を使っています。発酵させた豆腐で、これも一口かじると外側はスープの味、中はクリーミー。日本の絹豆腐とはまったく別物の食感です。
鼎王のサービスのすごいところは、鴨血と豆腐が少なくなってくると、店員さんのほうから「お代わりはいかがですか?」と聞きに来てくれること。しかも、いわゆる「貴賓(きひん)扱い」——90 度のお辞儀で出してくれる、台湾でちょっと有名なサービススタイルです。
そして、本物の裏技——「打包」
ここから先が、日本のガイドブックにはまず載っていない情報です。
食事が終わって会計するとき、鍋に残った鴨血と豆腐は、頼めば「もう一度満タンにして」持ち帰らせてくれます。
「打包(ダーバオ)」——テイクアウト、持ち帰りという意味の台湾華語です。台湾の食堂文化では、食べきれなかった料理を持ち帰るのは普通のこと。鼎王はこれを正式なサービスとして組み込んでいて、お会計のときに「打包したいです」と伝えると、店員さんが鍋を厨房に持っていって、鴨血と豆腐をもう一度満タンにして、容器に入れて出してくれます。
つまり、夕食で一鍋食べたあと、家に持ち帰って翌日の朝ごはんがもう一回出てくるということです。台湾の在地のお客さんは、これを織り込んで予算を組んでいる人が多いです。
ホテルに電子レンジがある場合は、翌朝レンジで温めるだけ。Airbnb で滞在している方なら、お米だけ炊いて鴨血豆腐をかければ、それだけで立派な一食になります。
「店員さんに、最後に『打包』と伝える」——これだけは、ぜひ覚えて帰ってください。
肉はこの二つ——豬梅花肉、牛板腱
ここまで読んで「で、肉は?」と思った方へ。
鼎王はチェーンですが、肉のクオリティはちゃんとしています。長くなるので一言で言うと、外れがない。その中で私が個人的に勧めたい二つを挙げると:
豬梅花肉(ぶた・うめ・かたにく)
豚の肩から首にかけての部位で、霜降りと赤身のバランスがいちばんいいところ。麻辣鍋でしゃぶしゃぶすると、脂が溶けてスープにコクが出て、肉本体は柔らかく仕上がります。豚肉派の方は、まず迷わずこれ。
牛板腱(ぎゅう・いたけん/チャックフラップ)
牛の肩甲骨周辺の部位で、英語だとチャックフラップ、または top blade と呼ばれるところ。霜降りがしっかり入っていて、麻辣鍋に5〜7 秒くぐらせるだけでちょうどいい火入れになります。長く煮込まないのがコツ。牛肉派の方はこれ。
肉は一皿でけっこうな量があるので、2 人なら 1〜2 皿、4 人で 3〜4 皿くらいが目安です。
在地の流儀・注文の組み立て方
最後に、鼎王での「正解」な注文パターンをまとめておきます。
- 鍋底:鴛鴦鍋+小辣(麻辣側)/酸菜白肉鍋(もう片側)
- 肉:豬梅花肉 1 皿、牛板腱 1 皿(人数で増減)
- 野菜と練り物:季節の青菜と、定番の手作り川丸子(豚肉のつくね)など。お腹に余裕があるだけ
- 油條(揚げパン):麻辣スープに 3 秒だけ浸けて食べる、在地の必須メニュー。1 本だけ頼めば十分
- 鴨血と豆腐:店員さんに声をかけて、足りなくなったら何度でも追加
- 〆:白いご飯(おかわり可能なお店も多い)に、麻辣スープと鴨血をかけて
- 会計時:「打包お願いします」と伝えて、鴨血と豆腐をもう一度満タンに
これで、鼎王 1 回で夕食+翌朝のもう一食が手に入ります。
📍 店舗情報
鼎王麻辣鍋は、台中(発祥)、台北、新北、桃園、新竹、台南、高雄まで、全台各地に展開しています。観光で立ち寄りやすい主な店舗エリア:
- 台北:忠孝店(MRT 忠孝敦化駅近く)、その他
- 新北:板橋・中和エリアに複数店舗
- 桃園・新竹:駅周辺に店舗あり
- 台中:漢口店ほか、発祥の地なので店舗数が多め
予約推奨。週末は満席になりやすいです。
最新の店舗一覧・営業時間・予約方法は、公式サイトでご確認ください。
このノートで触れないこと
- 辛さの限界の話:「大辣」がどれくらい辛いか、というのは個人差が大きすぎるので、最初の一回は迷わず小辣でどうぞ
- 海底撈との比較:両方とも好きです。鼎王は「台湾の麻辣鍋の系譜」、海底撈は「中国・四川の本流」、と私は区別しています
- 過去のニュース:鼎王は数年前に食品安全関係で報道された時期がありましたが、その後しっかり立て直して、いまは品質も評判も回復しています
おわりに
「肉より、鴨血と豆腐」——これが、鼎王の在地の流儀です。
日本の方が台湾の麻辣鍋を一度も食べずに帰るのは、本当にもったいないことです。鼎王なら、小辣を頼んで、鴛鴦鍋にして、鴨血と豆腐を続けてもらって、最後に打包を頼む——この流れで、ほぼ確実に楽しい一夜になります。
そして翌朝、ホテルの部屋で温めた鴨血と豆腐を食べながら、「ああ、台湾に来たな」と思ってもらえたら、私としても勧めたかいがあります。
ゆきひめ(台湾在住・グルメ手帖)