紅燒か、清燉か——台湾の牛肉麺は、選ぶところから始まります

2026-06-24 · 台湾グルメ

台北で「牛肉麺」と書かれた看板を見かけたら、たいてい中に入って大丈夫です。

ただ、メニューを開いて最初に戸惑うのが、この一行だと思います。

「紅燒」と「清燉」

同じ「牛肉麺」という名前なのに、出てくる一杯はまったく違います。湯の色も、香りも、口に入れた時の重さも、別の料理と言っていいくらい違う。台湾人の頭の中では、これは二つの派閥です。どちらを選ぶかで、その日の一食の方向が決まります。

一軒のお店の中に、二つの派閥が並んでいる

日本のラーメンに「家系」「二郎系」「淡麗系」といった流派があるのと、少し似ているかもしれません。違うのは、台湾の牛肉麺の場合、その「派閥」が一軒のお店の中で同時に並んでいることです。同じ店で紅燒と清燉の両方を出していることもあれば、どちらか一方だけに振り切っているお店もあります。

つまり、台湾人は「牛肉麺を食べに行く」と決めた後、もう一度「今日は紅燒か、清燉か」を選んでいる。この二段階の選択は、たぶん日本の旅行ガイドにはあまり書かれていません。

紅燒派——色のある、重い一杯

紅燒(ホンシャオ)派は、湯に色があります。

赤茶色、ものによっては黒に近い深い色をしています。醤油をベースに、豆板醤、唐辛子、八角、花椒、生姜、ねぎ、そのほか何種類かの香辛料を加えて、牛骨と一緒に長時間煮込んだスープです。「紅燒」という言葉自体が、醤油で色と味を整える台湾・中華圏の調理法を指しています。

口に入れた時の印象は「重い」

香辛料の香りが先に来て、それから牛肉の旨味と、ほのかな辛味が追いかけてくる。スープ単体で飲むより、麺と肉と一緒に口に入れた時に完成する味です。

辛さの強さは店によって振り幅があります。汗が出るほど辛いお店もあれば、辛味はほとんど感じない、甘めの紅燒もある。「紅燒」という看板の中にも、お店ごとの解釈があります。

清燉派——色のない、澄んだ一杯

清燉(チンドゥン)派は、湯に色がほとんどありません。

牛骨と野菜、生姜、ねぎなどで時間をかけて取った、透き通った湯です。豆板醤も唐辛子も使わない。塩味は控えめで、牛骨そのものの旨味を引き出すことに振り切っています。

口に入れた時の印象は「澄んでいる」

香辛料の主張がない分、牛肉と麺の味がストレートに出てきます。和食の出汁に近い方向性、と言ったらニュアンスが近いかもしれません。

清燉派には台北にも代表的なお店がいくつかあります。ただ、正直に言うと、私はそこまで通っていません。だから今回は、お店の名前を出すのは控えておきます。

在地人はどう選んでいるのか

じゃあ、台湾人はどうやってその日の一杯を選んでいるのか。

簡単に言うと、気分と天気と、合わせる小菜です。

気力が落ちている日、外が寒くて体を温めたい日、ガッツリ満足したい日は、紅燒。香辛料と辛味で、一杯で疲れが飛ぶような感覚があります。

逆に、夏の暑い日、二日酔いの翌日、夜遅くにあっさり食べたい時は、清燉。透き通ったスープは胃に優しい。

小菜の組み合わせも違います。紅燒には酸味のある「酸菜」や、滷豆乾・海帶などの滷味(醤油ベースで煮込んだ小皿)を合わせて、味の重さをバランスさせる。清燉には、シンプルな小菜の方が合います。

このあたりは、料理ごとの厳密なルールではなくて、その人の習慣と好みです。私の周りでも、紅燒派と清燉派がだいたい半々に分かれている印象です。

このシリーズで紹介するのは、紅燒派です

ここで、はっきり書いておきたいことがあります。

このノートで紹介できるのは、紅燒派です。

清燉派のお店も、台北にはいい店がたくさんあります。でも、私が「実際によく通っていて、自信を持って書ける」と言えるのは紅燒派の方なので、今回はそちらだけ書きます。清燉派については、また機会があれば。

次回から紹介する二軒

次回から、台北で私がよく行く紅燒派のお店を、二軒紹介します。

一軒目は、林東芳。
牛肉麺といえばここ、と言われる老舗。深夜まで営業していて、一杯のために夜中にわざわざ出かける価値があるお店です。

二軒目は、總裁牛肉麺。
百貨店のフードコートで食べられる、企業家が自分の好みで作り上げた一杯。林東芳とは違うアプローチの、もう一つの紅燒派。

同じ「紅燒」でも、お店によって性格はかなり違います。それぞれ書き分けていきます。

このノートで触れないこと

  • 紅燒派と清燉派の歴史的な由来:台湾の食文化史に関わる話で、諸説あります。私の知識では正確に書けないので、今回は触れません
  • 牛肉麺フェスティバルの受賞店:毎年台北市が主催する大規模なイベントで、優秀店が選ばれます。公的な情報として参考にはなりますが、私自身の選び方とは別の軸なので、本シリーズでは引用しません

おわりに

台湾で牛肉麺を食べる時、最初の一歩は店選びではなく、「今日は紅燒か、清燉か」の選択かもしれません。

選ぶところから、台湾の一杯が始まります。


ゆきひめ(台湾在住・グルメ手帖)

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